障子糊が如く

ネクロマンサー26

ネクロマンサー26

すでにアシュタルの呪力も限界に達していた。この倒壊した家屋を吹き飛ばせる程の呪力は今の疲労困憊したアシュタルには残されていなかった。

音遠は愕然とする彼を見上げ、

「アシュタル、月夜を連れて逃げて」

弱々しい声だが、はっきりとそう言った。

「諦めるなっ!」

残り少ない呪力を掻き集めて何とか呪法を発動させるが、それでもその威力は瓦礫を吹き飛ばすには十分なものではなかった。

「くそっ!」

こんな時に限ってっ!

これでは聖を塔に置き去りにしてまでここに来た意味が無い。

「アシュタル、父さん……聖は何て言ってた?」

しかし、アシュタルの耳にはその言葉は届かない。

月夜は母親の目の前で座り込み、ただ泣きじゃくりながら『お母さんっ!』と叫ぶのみ。

「聖は、あたし達を救いたいがために犠牲になったんでしょう……そして私達は……月夜の命が何よりも大事なのよ……月夜をお願い……!」

音遠の言葉と同時に、倒壊した家屋が更にぐらつき始めた。

それを見たアシュタルは反射的に、音遠の前で泣き叫ぶ月夜を抱きかかえ崩れかかる瓦礫の反対方向に跳んだ。

その直後、まだ落ちきっていなかった家屋が雪崩を起こすように崩れてきた。二人が音遠の方を振り返った時には完全に音遠の姿は見えなくなっていた。

呆然とその光景を見つめる月夜とアシュタル。

「お母さん?お母さん…いやぁぁぁ!お母さんっ!」

我を忘れていたアシュタルは月夜の叫び声で思考を取り戻した。

火球はなおも容赦なく街に降り注ぐ。

アシュタルは泣き叫びながら倒壊した家屋に近づこうとする月夜を、強引に抱きかかえ走り始めた。

「いやぁぁぁ!お母さんっ!」

アシュタルの右手に抱きかかえられながら、月夜は母の姿を隠した瓦礫の山を見つめながら手を伸ばす。

その小さな手に届いたものは虚空のみ。

「お母さんっっっ!」

月夜の叫びがアシュタルの耳を切りつける。

彼の左手は自らが拳を握り締めることによって、青い鮮血を流していた。